事業内容

愛の鳩賞[平成28年度]

(2016年12月2日 山形新聞)

2016年度の「愛の鳩賞」に県内の2団体1個人が輝いた。

新庄南高金山校生徒会(金山町)は老人ホーム訪問や地域の清掃活動を継続。朗読ボランティア「声の広報」(酒田市)は市の広報や議会報を朗読・収録し、視覚障害者に届けている。相原信成さん(寒河江市)はNPO法人たんぽぽ会理事長を務め、精神障害者とその家族を長年支援してきた。

「愛の鳩賞」は公益財団法人山新放送愛の事業団と、山形新聞、山形放送が主催し、地域福祉に尽くす個人・団体を顕彰している。本年度の選考委員会は11月14日、山形グランドホテル(山形市)で開かれ、推薦があった11件を審査。活動実績や広がり、自主性などを検討した。受賞者・団体のプロフィルを紹介する。

新庄南高金山校生徒会(金山)−積極的に住民と関わり

活動風景
ボランティア活動で子どもと塗り絵をする新庄南高金山校の生徒=金山町農村環境改善センター

金山町の新庄南高金山校生によるボランティア活動は生徒会、ボランティア班がリードし、旧金山高時代から続く。2014年度に新庄南高の分校となった後も伝統は引き継がれた。地元住民と積極的に関わりを持ち、地域への貢献度は高い。金山町内のイベントでは、運営を手伝う生徒の姿を必ず見ることができる。

現在は生徒数76人。その活動は多岐にわたる。全校を挙げた国道13号沿線ごみ拾い、独居高齢者宅での雪かきは既に恒例行事となった。町内外のイベントでたこ焼きを振る舞う活動は広く町民に知られ、参加する生徒は「たこ焼き娘」「たこ焼き息子」(たこむす)と呼ばれ、親しまれる。

町のスポーツ大会、福祉施設納涼会、物産市で運営補助を担当。認定こども園での雪像制作、幼児への絵本読み聞かせでは、子どもの人気者に。東日本大震災によって被災した宮城県石巻市で復興支援も続ける。

活動の魅力について、3年の後藤美優さん(18)と福田奈央さん(18)は「住民とのコミュニケーション、交流が楽しい」「地域の方に名前を覚えてもらい、うれしかった」と語る。

町民にとって愛すべき、欠かせない存在となった金山校生。今回の受賞について「さまざまな支援を頂いて活動でき、本当にありがたい」と3年柴田菜々子さん(17)。前生徒会長の3年堀実玖さん(17)はバトンを託す後輩に対し「ただ参加するだけではなく、歴代先輩の気持ちも受け継いでほしい」と願っている。

朗読ボランティア「声の広報」(酒田)−心を込めて情報届ける

活動風景
広報紙などの音訳に取り組むメンバー=酒田市・ひらたタウンセンター

酒田市の朗読ボランティア「声の広報」(斎藤志保子代表)は、市広報や議会報を朗読してCDやテープに収録、視覚障害者へ郵送する活動を続けている。市内に住む30人の利用者からは「音声で情報を得られるだけでなく、メンバーの温かみのある声に励まされる」と評判も上々だ。

「声の広報」の前身は1998年から同様の活動を始めた「鈴の会」。旧平田町社会福祉協議会に勤務していた斎藤代表(64)と、同僚だった菅原千佳さん(56)の2人で同会を立ち上げ、ラジカセとマイクだけという限られた機器で手作りの運動を継続してきた。

2012年には現在の団体名に改称し、広報などを通してメンバーも13人にまで拡大。同市ひらたタウンセンターを中心に活動しており、市広報発行の1週間前に原稿を受け取り、それぞれの担当ページを決めてメンバーごとに収録を行っている。

朗読では、文章を正確に読み上げるだけではなく、音声で聞いたときに分かりやすいところで区切ったり、漢字の当て字があれば説明を加えたりする工夫を凝らしている。そのほか、利用者からの要望があればインターネット上に掲載されている論文の音声化なども請け負う。

斎藤代表は「協力してくれるメンバーがいたからこそ取り組みを継続できた。今後も利用者の声を大切にしながら自分たちの役割を果たしていきたい」と話していた。

NPO法人たんぽぽ会(寒河江)理事長 相原信成さん−障害者に寄り添い続け

活動風景
利用者としめ飾りの袋詰め作業を行う相原信成さん=寒河江市・たんぽぽ会

寒河江市にある精神障害者の共同作業所を運営するNPO法人たんぽぽ会の理事長、相原信成さん(81)=同市清助新田=は西村山精神障がい者地域家族会顧問も務め、精神障害者とその家族に寄り添いながら、厳しい社会の目を何とか変えていこうと半世紀近く歩み続けてきた。苦しみを秘めた家族と向き合い、80歳を超えた今も忙しい日々を送る。

相原さんが活動を始めたきっかけは、8年前に他界した6歳上の姉の障害だった。姉は23歳で発症、相原さんが高校2年の時だった。精神科のある病院が少なかった当時は、世間の風当たりが強く、家族の気苦労も絶えなかった。同じつらさを抱える家族同士が語り合い、同じ境遇を分かち合う場が必要なのではないかと、1973(昭和48)年に西村山精神障がい者地域家族会の立ち上げに加わり、同会長を務めた。

共同作業所たんぽぽ会は社会復帰を支援するため、約20年前に開所した。「利用者全員が自分の子どものようにかわいい」と話し、“父親”のように接しながら見守り続けてきた。現在は、理事長としての仕事の傍ら、西村山家族会の顧問として会員宅を家庭訪問し、対象者や家族との対話を繰り返している。訪問を心待ちにする家族も多く、会員以外からの相談も寄せられるようになった。

「仕事は生きがいでもある。今の自分があるのは姉のおかげで、感謝している。体の続く限り続けていきたい」と語った。

鳩マーク